Scape doll


 

 

私は覚えているわ・・・

貴女との出会いを

貴女と過ごした時間

貴女と交わした約束を

 

ワタシは忘れられない  マスターの最期の顔を

ワタシは知りたい マスターが止まるその時まで大事にしていたココロを

 

ワタシが初めて聞いた音は苦しそうな息遣いだった

ワタシが初めて目にしたものは薄汚れた工房の天井だった

 

ある国の産業の栄えた街。

その街の郊外には森がある。

実りの季節以外、ほとんど人も来ないようなその森に工房はあった。

木で作られた小ぶりな工房だ。

いや、そこが工房であると知らない者が見ると、小屋にしか見えないだろう。

工房の隣には同じく小さいながらも家があって、また同じく木で作られたその家には男が一人で暮らしている。

男は結婚もせず、ずっと一人でいた。

初老に近づくに連れ、足腰は痛み、仕事もなかなか進まなくなっていった。

男の仕事は人形師だ。

若い頃に出逢った師から受け継ぎ磨き続けた腕も、まもなく動きを止めるだろう。

最期のその時を過ごす場所に、男は仕事場を選んだ。

人形作りの工房。

彼女と過ごした場所で死ぬと決めていたのだ。

彼の最期を看取ったのは、愛おしい彼女の名を持つ、彼の最後の作品。

後に悲惨な結末を迎えるドール ―マリアンヌ― だった。

 

男の死後、工房も家も取り壊されることが決まった。

彼の存在していた場所は消えるが、彼の名は後世まで残ることとなる。

 

取り壊しの日、工房に数名の作業員とある一人の男が来ていた。

男は家にあった四十五体の作品を箱に詰め終わり、取り壊される前にそのドール達が作られた場所を一目見ようとやってきたのだ。

決して広いとはいえない工房の壁には、仕事器具や人形の腕や脚、服が掛けられていた。

むき出しの電球が申し訳程度にぶら下がっている。

薄汚れた工房。

そこで男は一体のドールを見つけた。

ブロンドヘアーに碧眼の最後の作品を。

黒と白のドレスに身を包み、そのドールは天井を見つめていた。

大きく見開かれた硝子の瞳は悲しそうに、寂しそうに、ただただ一点を見つめるだけ。

男はそのドールを手に取った。

うなじ部分に小さく文字が彫られている。

Marianne

男は息を呑み、手に持っていたドールをその腕に抱いた。

男はドールを箱には詰めず、持ったまま工房を後にした。

腕の中でそのドールは虚ろ気な目をしたまま、静かに揺られていた。

 

取り壊し作業が始まり、大きな木の悲鳴を聞きながら、男はマリアンヌをその腕に抱いて壊れゆく工房を眺めていた。

足元には他のドール達の詰まった箱が置かれている。

マリアンヌの虚ろな瞳も、ただただ黙って壊れゆく工房を見つめていた。

彼女の産まれた家を。

崩れきった家を見届け、男は街に向かって歩きだす。

同伴していた作業員達も同じく歩きだす。

皆口々に労いの言葉や今後の話に花を咲かせている。

そんな静寂の後のざわめきに溶けたか細い音に誰ひとりとして気が付いたものは居なかった。

 

「サヨウナラ」

 

男の名は、グロリアス。

もう一人の男の名は、フィリップ。

この二人の関係は仕事仲間というだけだった。

その他には、なにもない。

生まれも育ちも、国も、何もかも違う二人が出逢ったのはドールと、彼女いう存在があったからだ。

人形師として師から独立したばかりのグロリアスに、彼女が紹介したのがフィリップだった。

きっかけは、大手玩具会社の営業マンとして働いていたフィリップが伸び悩んでいた自身の評価について、飲みの席である女性に打ち明けたことだ。

 

その夜はクリスマスが近いこともあり街は活気づいていた。

世の中は聖夜だと色めき立っているが、一人歩く男の心中には黒い靄がかかっていた。

彼、フィリップは今の会社に就職して七年目になる。

始めの頃は、若さも勢いもあった。

そして何よりやる気に満ち溢れていたのだ。

だが、仕事に追われる毎日で一旦心に疲れが影を落とすと、途端に勢いは落ち、物事が上手く回らなくなっていった。

上司からは叱責と期待という言葉を浴びせられ、同僚からは哀れみの視線が注がれる。

今まで頑張ってきた分、今のこの現状が辛くて仕方がない。

仕事ばかりで癒やしてくれる恋人もおらず、フィリップは一人夜の街を歩いていた。

せめて聖なる夜に酒の一杯でもご馳走になろうとフィリップは近くにあったバーの戸を開けた。

「いらっしゃい」

出迎えてくれたのはブロンドの髪をした碧眼の女性だった。

店の一番奥のカウンター席に座り、とりあえずいつも飲んでいるウォッカをオーダーした。

ため息をひとつ。

スーツの内ポケットから、タバコを取り出すとカウンターから灰皿が差し出された。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

それが彼女と初めて交わした言葉だった。

後に彼女はグロリアスとフィリップの前で若い生涯を閉じることとなる。

響き渡るブレーキ音と紅い海を彼らは忘れることはなかった。

それは、もう十年前の出来事。

 

十年後の今日、グロリアスの作品を会社に運び込んで、その日はもう帰宅することにしたフィリップ。

彼の腕には一体のドールが抱かれていた。

「ただいま」

「おかえりなさい!」

帰宅した彼を出迎えに掛けてきた一人の少女。

彼の愛娘のチェルシーだ。

決して裕福とはいえないが、それでもフィリップが頑張って働き、家族三人で暮らす一軒家だ。

その家に今日、新しい家族が来た。

「チェルシー、新しい家族だよ」

そう言ってフィリップは腕に抱いていたドールを手渡した。

「かわいい!!お父さんありがとう!」

幸せなこの家族のこの日常は、少しずつ変わり始める。

 

マリアンヌが家族に一員として迎え入れられ、三日がたった。

会社に持ち込まれたグロリアスの作品は、次々に買い手がつき高値で売れた。

おかげでフィリップの評価は更に上がり、嬉しい悲鳴を上げることとなる。

 

仕事に追われフィリップはあまり家に帰らなくなった。

そんな家でチェルシーは一人で過ごすのだ。

遊び相手はいつもマリアンヌ。

おままごとや絵本、遊ぶときは必ず一緒。

母親との買い物の時も連れていき、三人でのお出かけ。

食事も一緒。お風呂も一緒。寝るのも一緒。

マリアンヌはチェルシーの一番の親友となった。

フィリップが忙しくなかなか帰ってこない事以外は平和な日々が続いた。

 

しかし、平和というものは長く続かないものだ。

十年前がそうであった様に。

 

国で原因不明の疫病が流行った。

特に体力のない幼子がその毒牙にかかり、一ヶ月で七十人もの子どもたちがこの世を去った。

そしてその牙はチェルシーにも向けられる。

乾いた咳が止まらず、食べ物を口にすると拒絶するようにすぐに吐いてしまう。

熱が出ても栄養を摂取できず、子供達は皆力尽きるのだ。

チェルシーが発熱して四日目に事は大きく動く。

この国で初めて回復した子供がいたのだ。

その知らせはすぐに国中に伝えられた。

知らせを聞いたフィリップはチェルシーを救えるという安堵と共に悲しみがその胸に広がっていった。

何故ならその方法が、彼とチェルシーにはあまりにも酷だったからだ。

 

グロリアスの身代わり人形

 

それはこの国に伝説として男の名を刻みつけた。

 

息子が死の床にある一人の男が隣国の有名な牧師を招いたそうだ。

その牧師はこう言った。

「これは悪魔の蒔いた種がこの子達の生気を吸い取っているのだ。なんとか体内にある種を吐き出させて身代わりの人形と共に燃やしてしまわねば。」

そうして男はすがる思いで、牧師の言うとおりにした。

少年の乾いた咳とともに出てきた血溜まりを、家にあったグロリアスのドールの口に入れ暖炉の火に投げたのだ。

火は瞬く間に燃え上がり、ドールは焼き消えてしまった。

その翌日、少年の咳は止まり。

更に翌日には熱も下がったそうだ。

この話を聞きつけた親たちは皆すぐに実践したが、助かったのはグロリアスの人形を使った四十五名だけだった。

 

四十六体目の、マリアンヌもその時を迎えようとしていた。

しかし、チェルシーにとって彼女は親友なのだ。

「やだやだ!絶対イヤ!!こんな熱すぐ下がるもん!マリアンヌはお友達なの!」

「でもチェルシー、もう一週間も熱が下がらないじゃないか。このままだと死んでしまう」

「イヤったらイヤ!!」

そんな二人の会話をマリアンヌはベッドの上で、チェルシーの隣で聞いていた。

フィリップはマリアンヌを一瞥してため息をつく。

いい加減覚悟を決め無くてはならない。

チェルシーのためにも。

その日の夜、眠っているチェルシーのベッドからフィリップはマリアンヌを持ち出した。

「すまない、マリアンヌ」

暖炉のくべられた居間でフィリップは一人呟いた。

マリアンヌの硝子の瞳に赤い炎が写る。

 

ワタシ 燃やされるの?

  

     ヤメテ!!

 

乾いた音が居間に響いた。

 

翌朝、チェルシーの泣声が家中に轟いた。

「お父さんのバカ!!なんでこんなことしたの!」

「すまないチェルシー、こうでもしないとお前は手放さないだろう」

チェルシーの膝の上には腕の取れたマリアンヌがいた。

ぽたり、ぽたり、とチェルシーの涙がマリアンヌの頬に落ちる。

 

  チェルシー・・・ワタシはココにいるよ

 

マリアンヌの瞳はまっすぐにチェルシーの泣き顔を見つめていた。

彼女の初めて聞いた音は苦しそうな息遣いだった

彼女の初めて目にしたものは薄汚れた工房の天井だった。

そして今、彼女の聞いている音は。

彼女の目にしたものは。

 

ワタシが最期に聞いた音は悲しそうな泣声だった

ワタシが最期に目にしたものは親友の泣き顔だった

 

ワタシは忘れられない  マスターの最期の顔と、私の最期の時の親友の顔を

ワタシは知れた マスターが止まるその時まで大事にしていたココロを

 

ねぇチェルシー これはきっと逃れられない運命だったのね

マスターが死んだあの日から

いいえ、もしかしたらマリアンヌが死んだあの日から

 

チェルシーとフィリップが見守る中、暖炉の火は勢いを増し炎となった。

燃え盛る炎の中、か細い声がチェルシーにだけ届けられた。

 

「アリガトウ」

 

わたしは 逃れられない Misery Scapedoll

 

 

 

Scape doll     END.

 

 

 

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